世界からみた日本の高等教育の現況 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.16

2-2-6 世界からみた日本の高等教育の現況

 OECDが毎年出版しているEducation at a Glanceにおけるカントリー・ノート(日本)の直近約5年間分(新しいデータを優先)を中心に、世界からみた日本の高等教育の現況についてまとめたい。その際、世界の高等教育の状況と比較して、日本が大きく異なっているものを優先して取り上げる。

1.高等教育の費用

日本は、国公立大学の学士課程における年間授業料がOECD諸国のなかで5番目に高く、自国学生に課される年間の授業料は、2019年調べで、学士課程が5,144米ドル、修士課程が5,139米ドル(博士課程もほぼ同額)である。加えて、日本では、学士課程学生の4分の3以上は、年間授業料が国公立大学よりも、最大で7割程度高額となる私立大学に在籍している。私立大学の授業料は、日本でデフレーションが長引いていたにもかかわらず、過去10年ほど上がり続けている。世界的に見ると、大学の8割近くが私立で、学生の約8割が私立大学に在学するというのは特異なケースである。学生の17%が私立大学に在学しているというのが、OECD諸国の平均であり、日本との差は大きい。日本の場合、戦後、高等教育の需要増加に対応するために、国公立大学よりも私立大学が増設されたことがその背景にある。

2019年調べで、日本は高等教育における私費負担(私的支出)の割合が67%に達しており、すべてのOECD諸国のなかで最も高く、OECD諸国平均の31%を大きく上回っている。また、日本は高等教育機関における総教育支出に占める公財政支出の割合は 3割強に過ぎない。この割合は、OECD諸国の平均である7割の半分程度である。高等教育にかかる総費用の大半を学習者本人とその親が負担していることが顕著に表れているが、私費負担の割合は、2005年以降、ほとんど変化していない。政府の貸与型奨学金により初期費用の負担は軽減されているが、貸与型であることから、就労後は返済の義務が伴う。貸与型奨学金利用者の卒業時の平均負債額は、27,489米ドルである。経済的支援を目的に、2020年からは、低所得世帯の学生の高等教育進学を後押しする新たな給付型奨学金の支給が始まっている。

2.学生の年齢構成

日本の学生は、後期中等教育(高等学校)修了後、すぐに大学に進学する場合が多いため、学士、修士、博士課程への平均入学年齢はそれぞれ 18 歳、23 歳、26 歳であり、いずれも OECD諸国で最も低い年齢である。言い換えると、日本は、高等教育機関への入学者の年齢幅がOECD 諸国のなかで最も小さい。特に学士課程、準学士課程では、入学者に占める25歳未満の割合が、OECD諸国の平均を大きく上回っており、学生の均質性が高い(社会人学生が少ない)。この背景に日本では高等教育において、パートタイム学生や生涯学習が十分に普及していないことが挙げられる。2020年調べで、日本の高等教育におけるパートタイム学生の割合はわずか7%であり、OECD諸国平均の22%を大きく下回っている。諸外国では、個人の事情に応じて修業年限を超えて履修を継続し、正規課程の学位取得に至る制度としてパートタイム学生が存在している。このため、育児、家事、介護の負担を抱える人(特に女性)、学資を賄うために働くことを優先せざるを得ず、フルタイムで学ぶことができない人、仕事をしながらキャリア形成を目指す人たちなどが大学に入学し、自分のペースで学習を続けること(多様な学修形態に対応)が、日本に比べて容易である。これにより、学生の年齢幅が広がり、多様な価値観が集まるキャンパスとなり、学生の学びが活性化する、また、将来のキャリアや人生において有益なネットワーキング(就業中のパートタイム学生と就業前のフルタイム学生の出会い)の機会が増すといった点でも利点が生まれる。

 

3.マイクロ・クレデンシャル(履修証明プログラム)と大学での生涯学習

昨今、科学技術の急速な進展や社会における最新の知識やスキルに対する需要の高まり(新しい雇用の創出とそれに対応できる人材の養成や転職の高まり)、また人生100年時代を迎え、 学び直し、継続的な能力開発、リスキリング、アップスキリングが世界的に求められている。この動向に対応するためには、学習者が自ら意欲的・主体的に学び、成長することができるような環境と制度を整えることが必要であり、それを進めるためには、学びの多様化を進め、より多くの人が生涯にわたり、柔軟に高等教育を受けられる機会を充実させることが重要となる。具体的な取り組みとしては、学士や修士などの伝統的な学位プログラム(マクロ・クレデンシャル)よりも短期間でかつ柔軟に特定の領域を学び、その学修歴を証明する手段として、マイクロ・クレデンシャル(MC)が世界各国で開始され、それを授与する学修プログラムを提供する大学が増えている。言い換えると、MCは、学習者が特定の知識やスキルを短期間で学修する経験を経て、それらを修得したことを示す学修成果の証明であり、学位(マクロ・クレデンシャル)課程での学修につなぐ(単位認定)ことも可能になってきている。

OECDやUNESCOでもMCの議論や好事例の共有が活発に行われているが、大学にとってMCは新しいビジネスという側面もあることから注目を集めている。日本ではMCに相当するものとして、「履修証明プログラム」がある(文科省は正式にMCと同義であるとはしていない)。しかし、前述のとおり、日本の大学では、従来、科目等履修生や聴講生の制度はあるが、パートタイム学生の制度や生涯学習機能が十分に普及しておらず、MCの議論はまだ緒についたばかりである。日本の場合、大手企業や官公庁を中心に、未だにメンバーシップ型の雇用慣行が標準であり、学びの成果としての学位や資格、そして身に付けた知識やスキルを評価して人を採用するというより、どれだけ選抜性の高い大学に在学した(学校歴)かという、入学試験の難易度(高等教育の入口)によるフィルター機能に依拠して採用する傾向が強い(高等教育の出口より入口を重視)。よって、MCが制度として整備されたとしても、企業(雇用主)や社会がその価値を認め、リスキリング、アップスキリングをすることが個々人の雇用とキャリア形成にとって優位になるという動機付けが明らかにならなければ、MCが広く有効に活用されることはないであろう。

4.高等教育修了者

過去10年ほど、日本では少子化の影響もあり、高等教育への進学機会が拡大を続けている。2019年調べで、生産年齢人口(25~64 歳)の半数が高等教育を修了しており、OECD 平均の37%を上回る。25~34歳に絞ると、高等教育修了者の割合は、62%に達しており、OECD諸国の平均の45%を大きく上回っている。これは同年齢層における割合としては、OECD 諸国のなかでも韓国、カナダに次いで高い。ただし、日本の場合、2017年調べで、学士課程における卒業率が韓国と並んで90%を超えており、データが入手可能なOECD諸国のなかで最も高く、OECD諸国平均の67%を大きく上回っていることを考慮しておく必要がある。

5.理工系(STEM)分野

日本ではSTEM分野の高等教育に入学する者が少ない。2017年調べで、高等教育入学者全体の21%であり、OECD諸国平均の27%を下回っている。ドイツではこの割合が40%近くと高い。STEM分野の人材の需要が高まっているにもかかわらず、日本ではこの比率が低い背景として、当該分野は人文・社会科学系に比べて教育・研究にかかる費用が高いため、大学の8割近くを占める私立大学では、その学部・大学院を設置しているところが少ないことが指摘できる。STEM分野の学部・大学院は少数の国公立大学に集中しており、日本全体でみると、当該分野の学部・大学院の定員が少ない。また、私立大学のSTEM分野は授業料が高いことも、入学者が少ない要因である。2022年調べで、私立大学における学士課程の初年度納付金の平均は、文科系の119万円に対して、理科系学部は157万円、医歯系学部は489万円である(文部科学省 n.d.)。

2023年、文部科学省は3,000億円の基金を活用して、大学による「デジタル」「グリーン」などの特定成長分野の学部設置を継続的に支援する事業を開始した。理・工・農の3分野を対象に、最長10年間、20億円程度までの支援を予定している。

5.男女間格差

 日本の高等教育における男女間格差にかかわる現状を他のOECD諸国との比較で見ると、次のような問題が挙げられる。①入学者に占める女性の割合は、短期大学(準学士課程)ではOECD諸国の平均を上回るが、大学の学士課程や大学院博士課程ではOECD諸国のなかで最低である、②女性の高等教育修了者の就業率が低いことなどから、女性が高等教育を受ける経済的なメリットが小さい、③入学者に占める女性の割合を専攻別に見ると、芸術・人文科学、情報工学系以外はOECD諸国のなかで最低レベルにあり、とくに機械・工学・建築学、自然科学・数学・統計学で低い。

①について、2017年調べで、学士課程入学者全体に占める女性の割合は45%であるのに対し(OECD諸国の平均は54%)、短期大学では61%とOECD諸国平均の52%を上回る。日本では伝統的に短期大学は女性のための教育機関という意識が強く、短期大学のなかには女性だけの入学に限定しているところも多い。また、大学院博士課程の全入学者に対する女性の比率は31%であり、これもOECD諸国のなかで最も低い。この博士課程における入学者の男女間格差は大学教員の雇用にも影響を与えている。全高等教育機関を通しての女性教員の割合は、2010年の19%から2017年には28%にまで上昇したにもかかわらず、依然としてOECD諸国のなかで最も低い。2017年時点で、学士・修士・博士課程における女性教員の割合は23%であり、OECD諸国平均の42%を大きく下回っている。短期大学においては、教員の半数が女性であり、これはデータがあるOECD諸国の平均とほぼ同等である。

 ②について、日本では女性にとって大学や大学院で学位を取得することで得られる経済的メリットが少ないことから他のOECD諸国と比べて、大学・大学院入学者に占める女性の割合が低いと考えられる。2016年、OECDは加盟国の高等教育の私的収益について、高等教育の授業料、大学・大学院に進学をせずに就職した場合に得られたであろう機会費用、進学し学位を得たことによる生涯賃金の増加分などのデータをもとに、男女別に試算している。それによると、日本は高等教育を修了することによる女性の私的収益が3.4万米ドルと試算されたOECD諸国のなかで最も少なく(平均は16.8万米ドル)、かつ男女の格差が最も大きくなっている。日本の男性の私的利益は、24.4万米ドルでOECD諸国平均の25.8万米ドルに近い。

6.外国留学

安倍政権下において「日本再興戦略」の施策の一つとして、日本は2022年までに海外で学ぶ日本人学生の数を倍増することを目指したが、パンデミックの影響もあり、それを達成できなかった。2023年、政府の教育未来創造会議は、10年間で(2033年までに)外国に留学する日本人学生数を50万人(高校生や数週間の語学研修を含む)にする目標を掲げた。しかし、2019年調べで、日本の大学に在学する日本人学生で、外国の大学に留学した者は1%と低い(OECD諸国の平均は2%)。その背景には、外国留学には多大なる時間的、経済的コストがかかるが、日本では、留学経験と成果が、その後の就職や大学院進学にとって必ずしも有利とはならないからである。3、4年次に交換留学をした場合、インターンシップを含め長期化する就職活動の時期に日本にいないことから不利になることが多く、留学が学生生活における選択肢に入らなくなっている。企業(雇用主)や社会が留学の経験と学びの価値を認め、その成果を正当に評価するようにならなければ、中長期の外国留学(セメスターベースの単位取得留学や学位取得留学)の数が大きく増加することはないであろう。

7.学生の質保証(入口管理と出口管理)

他のOECD諸国に比べ、日本の大学は入学制度の選抜性が高いといえる。OECD 諸国の約半数が、進学に必要な教育段階を修了した志願者すべてに入学を許可するというオープン・アドミッション制度を採用する教育機関をいくつか有している。しかし、日本の場合、志願者は通常、全国共通の入学試験(共通テスト)と各大学が実施する個別の入学試験のいずれか(私立大学)、または双方(国公立大学)の成績に基づいて評価される。大学における学生の質の管理において、志願者に対して「落とすため」の入学試験を課すという入口管理をする国は、科挙の伝統がある東アジア諸国など世界的に見れば少数派である。多くの国々の大学では、書類審査中心の「受入れるため」の入学選考であり、入口は比較的緩やかで、入学後の毎学期の学習過程と成果を厳格に判定し、卒業時点での出口管理が学生の質保証の基点となる。この違いを単純化すると、前者が行っている厳格な入学試験が、後者では毎学期の各履修科目における試験・成績判定にあたる。入口管理中心の高等教育では、各大学の選抜性(志願者倍率や入試難易度)が重視され、学生定員の管理は厳しいが、卒業に至る過程は緩やかで卒業率が高くなる。出口管理中心の高等教育では、各大学の定着率(退学率)や就職率が注目され、学生定員の管理は緩いが、毎学期の成績管理が厳格なことから学生の卒業率が低く、退学率や除籍率が高いために、アメリカでは編入学で学生数を補うことが一般的である。

 上述の学生の質保証の違いは、外国人留学生のアドミッションにおける日本と諸外国との違いにも表れる。日本の場合、留学生アドミッションは、国内学生向け入学試験の亜種であり、大学内で実施される入学試験や面接による選考を経て、厳格な定員管理の下、収容定員の許容範囲内で受入れることが主流となっている。一方、英語圏の大学では、高等教育における留学生獲得を輸出産業と捉えており、リクルーティングはマーケティングとして位置付けられているため、大規模な広報が行われている。国単位の留学フェア、民間によるグローバル留学フェアや学校訪問のツアー、インターナショナル・スクールのコンソーシアムによるフェア、自校のネットワーク開拓による高校訪問等、対面を主にしたものだけでなく、ソーシャル・メディアを活用した広報も積極的に行っている。また、英語圏の政府と大学では専門のメディア担当者が留学広報コンテンツの作成に関わることが多く、留学先としての認知度を高め、留学情報を的確に発信できるよう、顧客(留学希望者)目線で取り組んでいる。 

 留学エージェント(ブローカーではない)活用の違いも大きい。欧米では、長年、エージェントの活用が広く行われてきた。日本の大学においてもエージェントと契約するケースが増えてきているが、成功しているとは限らない。エージェントと契約すると、大学はエージェントのトレーニング、モニタリング、契約更新のための評価を行わなければならず、そのために大学の国際アドミッション担当者はエージェントとの信頼関係の構築、エージェントから得られる情報の整理、リクルーティング活動への助言に必要なエージェントと比類するほどの現地情報収集など膨大な維持管理のための負荷がかかる。エージェント契約をリクルーティングの丸投げと誤解する向きもあるが、国際アドミッション担当者と現地エージェントがリクルーティングのプロとして協働作業をしない限り、良質のエージェントを長期的かつ安定的に活用すること難しい。

 教育未来創造会議が、2033年までの10年間で、外国人留学生数を40万人にする目標を掲げた今こそ、日本独自のアドミッション制度が留学希望者にアピールできているかを問い直す必要がある。たとえば、出願締め切りの回数(英語圏では締め切りがなく、出願を随時受け付けるローリング・アドミッションが一般的)、大学での入学試験のあり方、面接の必要性とその方法(国内、現地、オンライン)、語学能力要件、推薦状のあり方、オンライン応募・渡日前奨学金確定・渡日前宿舎確定の可否、合否判定にかかる期間などについて、海外の大学とのベンチマーキングが必要である。アメリカの超難関校(学部)以外では、授業開始2ヵ月前までオンラインで応募ができ、応募の一週間後(オーストラリアの大学では48時間以内)に合否通知が行われ、合格者には宿舎の手続き案内や奨学金額の提示(該当者)が送られてくる。さらに、入学率向上のため、合格者には学生アンバサダーや卒業生からのメッセージや事前説明会の案内など多くの働きかけがある。日本の大学では国内向け入試の判定会議に合わせて留学生入学試験を行うため、応募機会が少ないだけでなく、合否通知に数週間から2ヵ月ほどかかることが多い。加えて、渡日前に受給が決まる奨学金が少ない、宿舎が十分ではないなどの不安定な要素が志願者本人とその家族の不安感につながり、日本留学を躊躇する例が多くある。語学学校経由が前提となる日本留学(大学進学へのパスウェイが欠如)は、投資する時間と資金に対するリスクが大きいと見られる可能性が高いことを改めて認識すべきであろう。

8.最後に

世界的に、学問分野を問わず大学院進学とその学位がスタンダード化しているなか、日本においては、人文・社会科学系の大学院への進学者が増えないことが問題となっている。高等教育機関を通した生涯学習の重要性も世界的に高まっているなか、日本で大学院進学や生涯学習への参加が低調であり、その背景には、時間的・経済的な制約、労働市場との妥当性の低さ(学習成果と資格が正当に評価されない)、学習への意欲や関心の低さなど複数の要因がある。世界に伍する高学歴化と成人・生涯教育の推進に向けた政策的取組みとして、経済的支援とともに、産業界を含めた広範囲のステークホルダーとの連携によって、より柔軟で実践的な高等教育を提供することが求められる。学習(学修)や訓練の過程と成果に見合った動機づけや報償が十分になされないという日本の現状が改めて問われている。

参考:文部科学省(n.d.)「カントリーノート 日本」『図表でみる教育(Education at a Glance)OECDインディケータ』https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/index01.htm 文部科学省(n.d.)『令和3年度 私立大学入学者に係る初年度学生納付金 平均額(定員1人当たり)の調査結果について』https://www.mext.go.jp/content/20211224-mxt_sigakujo-000019681_1.pdf

(太田 浩)

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