職業教育と普通教育 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.10

2-1-10 職業教育と普通教育

1 これからを生きる児童生徒に育む「進学と就業への準備性」

高度情報化と国際化の加速度的進行により、多様性や不確実性、複雑性が一層増大していく社会において、これからを生きる児童生徒が学習し、身に付けることが望まれる資質・能力は、様々に議論されている。

その代表的なものには、批判的思考力、問題解決力、コミュニケーション力、協働する力、創造力、情報活用能力等が挙げられる。これらの資質・能力は、例えば、OECDの『DeSeCoプロジェクト』を通して定義されたキー・コンピテンシーやP21(Partnership for 21st Century Skills)による21世紀型スキル等があり、それぞれ呼称の違いとともに焦点の相違があるものの、狭義の学力にとどまらず、社会性、感情、進学や就業への準備といった「全人的な教育」(Educating Whole Child)として、児童生徒の各側面の総合的な発達が志向されていることは共通している。

 アメリカの学校教育では、2009年以降、CCSS(Common Core State Standards)が州ごとに整備され、上記で述べた資質・能力を包括する概念と捉えられる「進学と就業への準備性」(College and Career Readiness)について、初等中等教育を通して、あらゆる児童生徒に達成させることが重要視されている。この「進学と就業への準備性」は、とりわけ、高校を卒業する段階のあらゆる生徒が、大学やコミュニティ・カレッジ等の中等後教育へ進学しても学業面で成功を収めること、また、職業世界に参入する場合であっても、円滑に職業人としての生活を継続し成功できる資質・能力を意味している。

高校卒業段階での達成基準のため、ここで求められる「進学と就業への準備性」は、進学と就業いずれに進んでも、それぞれの状況に応じて、主体的かつ他者と協働して、課題に向き合い、解決を試みることができる基礎的な資質・能力である。また、高校卒業後に就職を選択した場合であっても、人生のどの段階においても中等後教育に進学し、より高次の学びに耐えうる主体となるように準備することも含意している。

2 教科教育と職業教育、生徒指導の統合-アメリカのLLの事例-

 アメリカのカリフォルニア州では、州政府により、主に学区レベルで、同州の公立大学の入学要件とされる教科教育の履修と、CTE(Career Technical Education)における職業教育(職業科目の履修とWBL(Work based Learning))の履修、生徒指導(student supportを意訳)の統合的カリキュラムの採用が高校改革の1つのアプローチとして、展開されている。この教科教育と職業教育(インターンシップ等、職場による体験学習であるWBL含む)、生徒指導を統合的に実施し、「進学と就業への準備性」へアプローチする取組は、LL(Linked Learning)と呼称されており、2008年にLLA(Linked Learning Alliance)が設立され、この取組みが徐々に普及してきた。

 LLの登場背景の一つには、進学のための普通教育と就労のための職業教育という履修上の分断があり、それらのコースの履修者には人種やエスニシティ等による偏りが指摘されてきたことが挙げられる。そのため、社会正義やエクイティの観点からその是正措置が図られてきたといってよい。だが、その格差是正という社会的課題解決とともに、現在では、職業世界を地域との連携による教育を通して学ぶことで、学校の学びと現実世界を架橋し、さらには、就業での体験を通して生きた(真正の)社会性を学習するという意義も強調されている。

3 日本の職業教育と普通教育

 日本の職業教育は一定または特定の職業に従事するために必要な知識・技能、能力や態度を育てる教育とされ、主に高校の専門学科や大学等で行われる。一方、普通教育は、初等教育及び中等教育段階で行われる教育を意味し、特に、高校では、高度な普通教育及び専門教育を行うこととされている。

日本の高校の学科は普通科が70%以上を占めている表2-12。そのため、高校生に進路意識や目的意識を涵養するうえで、就業体験活動等の地域における学習の充実を図り、「社会に開かれた教育課程」の理念のもとで、学業と現実世界との接続を志向するアプローチには一定の意義がある。あらゆる生徒が、生涯に渡り、進学と就業との双方に耐えうる主体となるように、学校と教育委員会、地域が協働しつつ、教科教育と職業教育、生徒指導を統合的に行う取組は一考に値するのではなかろうか。

なお、参考までにOECD加盟国の在学者1人当たりの後期中等教育の教育支出について表2-13に示す。ヨーロッパ諸国では伝統的にある段階から普通教育と職業教育に分岐する複線型の教育制度となっているため、それぞれの教育支出投入額が示されている。

参考:

Darling-Hammond, L., & Cook-Harvey, C. M. (2018). Educating the whole child: Improving school climate to support student success. Palo Alto, CA: Learning Policy Institute. Ruiz de Velasco, J. (Ed.). (2019). A Guide to Integrated Student Supports for College and Career Pathways: Lessons from Linked Learning High Schools. Stanford, CA. John W. Gardner Center for Youth and Their Communities.

(宮古紀宏)

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