外国語教育 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.07

2-1-8 外国語教育

 

1.諸外国における外国語教育の早期化

グローバル化した社会においてグローバル人材の育成が重視されるようになると同時に、国際通用語としての英語の有用性が高まり、外国語教育=英語教育という観点から、早期からの英語教育に取り組む国・地域が増えている表2-10参照。東アジアを見ると、中国は2001年から第3学年からの英語教育を開始し、条件の整った北京市や上海市などの都市部で第1学年からの英語教育を実施している。韓国では1997年から第3学年から、台湾でも2005年から第3学年で、台北市などの一部では第1学年からの英語教育を実施している。日本では2020年以降、第3学年からの英語教育が開始されており、第1学年からの英語に触れる学習活動を開始するなど、英語学習の早期化が進んでいる。英語の教科化以外にも、例えば中国では入園者の増加を狙って幼稚園段階で小学校段階の英語教育を導入するなど、保護者が英語教育を早期に開始することを歓迎する社会的雰囲気が存在する。ただし、表2-10」を見ると東アジア諸国・地域では前期中等教育終了までに400~600時間の間で英語教育が行われており、ほぼどの国・地域でも同様の学習到達度に達していると考えられる。これは諸外国・地域が2001年に欧州評議会が示した「外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠(CEFR)」を参考に学習到達度をある程度設定しているからである。

「表2-10」:東アジア諸国・地域における英語教育の開始学年と授業時数

    中国   韓国   台湾   日本
開始学年小学校3年(2001年~)小学校3年(1997年~)小学校3年(2005年~)小学校3年(2020年~)
授業時数小学校:1コマ40分 週30コマの6~8%、4年間で252~336時間
中学校:1コマ45分、週34コマの6~8% 3年間で214.2~285.6時間
(計)466.2~621.6時間
小学校:1コマ40分
(3・4年)2年間で136コマ/(5・6年)2年間で204コマ 226.7時間
中学校:1コマ45分
3年間で340コマ
255時間
(計)481.7時間
小学校:1コマ40分
(3・4年)週1コマ40週/(5・6年)週2コマ40週で160時間
中学校:1個コマ45分で270時間
(計)430時間
小学校(3・4年)週1コマ35週/(5・6年)週2コマ35週で157.5時間
中学校 週4コマ 35週で350時間
(計)507.5時間

(参考)文部科学省調べ

 

2.学校における外国語教育

英語学習の早期化には、前章で記述した21世紀型の教育によって引き起こされたカリキュラムオーバーロードの問題と同時に考える必要がある。グローバル人材育成の観点から発展した外国語教育の拡充は母国語(国語)の学習に追加される語学教育として児童生徒の学習負担となっていないだろうか。21世紀型スキルで必要とされる批判的思考や論理的能力の獲得が重視されるようになった国語は、内容が高度化しており、外国語学習の早期化は児童生徒の負担となり、国語力の低下を招くことはないのだろうか。国際読解力調査(PIRLS)によると2011年以降の調査で、欧州域での児童生徒の読解力が低下している。これには難民受け入れなどに伴う多様な文化的背景を持つ子供の就学が影響している可能性がある。母語と異なる公用語を教科として習得しても、それが自身の論理的思考の基盤となっている母語の運用能力が高められないと、もしくは学習した言語による語彙力・論理力が母語と同じレベルまで高くないと読解力の向上に影響してしまうことを表しているように思われる。

 

3.日本語の特性に合った外国語教育の必要性

言語形態的に見た言語の類型として膠着語、孤立語、屈折語の3種があり、日本語は、韓国語やモンゴル語、トルコ語と同様の膠着語の類型に属する。ただし、孤立語である漢語で利用される漢字を取り入れて使用するとともに、ひらがな、カタカナ、漢字という3つの文字体系を使用するなど、書記上で大変複雑である。特に漢字学習を「国語」の範疇に収めているが、膠着語と異なる孤立語由来の言語を学習している時点で漢字学習=外国語学習と言ってよく、日本の児童は、日本語の他、「国語」の名の下に漢語という外国の言語体系を学ぶとともに、さらに英語を学ぶという3つの言語体系を同時に学ぶ状況にあるといえる。外国語学習をいつから始めるべきかという判断を行う際に諸外国を比較して低年齢化を模索するのではなく、各母国語の言語特性に合わせた学習計画を作り、母国語・外国語といった二元的な観点でなく、言語習得の包括的な観点で学習することが重要であるかもしれない。特に、「国語」という概念で包括されている日本語を言語的に再考し、より効率的な外国語学習の方法を見いだす必要があるかもしれない。

 

4.AIが発達した社会における外国語教育

 近年においてディープラーニング技術の進展などにより、人工知能(AI)の翻訳機能によって異なる言語間でのコミュニケーションにかつて存在した障壁がなくなってきている。また、生成系AIの出現により、機械が人間顔負けのコミュニケーションをとることが可能となっている。このような状況から翻訳やコミュニケーションを目的とした語学の必要性は今後低下して行くであろう。ただし、現時点で生成系AIは、人間が作り出した既存の言語領域に存在する語彙や文章を学習して確率的に正しい文章をアウトプットしているに過ぎず、ウィトゲンシュタインのいう「言語の限界が世界の限界」の中にある。他方で人間は、新たな概念や価値観を生み出すことで世界を広げることができる能力を有していることから、現在、コミュニケーション能力の獲得を主体としている外国語教育は、今後、多様性や文化の相互理解を通じて、人間の論理的思考や批判的精神の領域を拡張するための教育となっていくかもしれない。

(新井 聡)

本稿の内容は文部科学省を代表するものでなく、執筆者が公表資料等を参考に執筆したものである。

 

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