国の重点政策課題 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】
2024.05.01
2-1-5 国の重点政策課題
グローバル化による社会環境の変化、及び第4次産業革命、Society5.0の急速な進展に伴う科学技術や情報通信技術の進歩は、既存の価値や観念を変化させており、それに対応する教育のあり方を変えている。2045年までに人工知能(AI)が人間の能力を超える「シンギュラリティ」に到達し、現在我々が従事している職業の半数以上が消滅して、それ以上の数の新たな職業に現在の子供達が就くという変革期において、社会や産業の構造変化に対応でき、生き残ることのできる人材育成をどのように行うかが各国・地域の重点政策課題となっている。
1.21世紀型スキルやキー・コンピテンシーの開発
諸外国・地域では1990年代から21世紀に起こる社会の変化として、多数の労働者を導入して大量の製品を作る工業型社会から新たな知識を作り出すことに価値を見いだす知識基盤型社会への移行を見越して、教育改革を進めた。21世紀に必要な能力として、▽コミュニケーションスキル、▽創造性と批判的思考力、▽ICTリテラシー、▽社会性・市民性、▽問題解決能力・生産性などを含んだ21世紀型スキルやキー・コンピテンシーが開発され、諸外国・地域はそれらを参考に新たなカリキュラムを編成した。その結果、後期中等教育の無償化や就学前1年段階の教育の義務化などの修業年限の延長が発生するなど、学校制度の改革が行われ、同時に改革に対応した教職員の育成の強化やサポートスタッフなどの新たな人材の配置が行われた。
2.デジタル環境に適応する人材の育成
インターネットの発達やIoTの普及などに伴うユビキタス社会の到来と共にICTリテラシーの重要性が高まり、それに伴う教育環境の整備としてEdTech企業が開発した教育デバイスや人工知能(AI)を利用した学習ソフトウェア等の導入が行われた。2010年代まで我が国は教育に使用するデジタル端末の児童生徒への普及率がOECD加盟国と比べても最低レベルにあり、教室内におけるICT機器の使用率も同様であった。しかし、2019年から開始されたGIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想によって、世界でも例を見ない初等教育第1学年からの1人1台端末の配布が行われ、デジタル端末普及率では諸外国・地域を抜き去り世界トップレベルに躍り出た。同構想の実現前の2019年に消費税の税率が8%から10%に上がっており、税収増によって生じた教育を含んだ社会保障費の手厚い支援と予算上の選択肢の拡大が同構想の推進に一定の影響を与えた可能性がある。GIGAスクール構想に関しては将来の高度人材を育成するための政府の積極的な投資であったといえる。
3.教員養成の強化
21世紀型スキルやキー・コンピテンシーに基づく新しいカリキュラムの導入や、教育現場におけるICT機器やクラウドコンピューティング、ビッグデータ等の導入により、今までにないほど独創的な教育を個々人で開発できる専門性の高い教員が必要となっている。そのため、中国ではハイレベル教員の国家レベルでの育成が行われるなど、諸外国で教員養成・研修の強化が行われている。他方で、教育の多様化に伴い、教員の業務量や児童生徒の学習負担が増加し、学校内外において教育活動をサポートする必要が社会に生まれている。アメリカでは教育を含めた地域に福祉的サービスを提供するコミュニティスクールの増設によって、中国では家庭教育を重視して保護者の教育への参画を促すことによって、地域が学校を支える体制作りが進んでいる。また、教員をサポートするスタッフの配置やスクールカウンセラーの校内の常駐、外部人材を活用した副校長の増員など、教職員の充実も実施されている。
4.Well-beingを重視した教育の推進
グローバル人材や高度な能力・技能を持った人材の育成は全ての諸外国・地域において重点課題となっており、政策が積極的に進められているが、多様な教育ニーズに基づく教育成果が求められたことにより、教員及び児童生徒に負担がかかっている。そのため、学力などの認知的能力以外の情緒や社会性といった非認知的能力を拡充する教育に注目が集まっており、OECDでは児童・生徒・教員のWell-Beingを達成する教育について諸外国・地域の事例を集めて研究するとともに、その研究結果に基づいて、諸外国・地域では、認知的能力と非認知的能力の双方を伸ばす教育の開発が行われており、個々の教科を独立して学習するのではなく、アクティブ・ラーニングやSTEAMなどの児童生徒の自主性や独創性を重視し、科学と文芸を統合した教科横断的な教育によって全人格的な発達を効果的に達成できる教育の実現に向けて努力が続いている。
以上が、諸外国・地域における教育の主な重点課題であり、これら解決に向けた努力は、UNESCOやOECDの研究成果等を参考にして世界同時進行的に進んでいる。また諸外国・地域間で互いの教育政策を比較研究し、自国の政策立案に役立てている。このように国の重点政策課題は第4次産業革命やSociety5.0、シンギュラリティに対応する人材を育成するための世界的課題であり、各国・地域はその解決に向けて注力している。ただ、重点政策の実行のためには十分な財源が必要であり、今後の急激な社会・経済の変化に対応できる人材を育成するため現在どれだけ子供達に投資できるかが国の発展・成長に関わってくるであろう。その点GIGAスクール構想のような世界に例を見ない独創的な教育政策は実験的でその成否は未定であるが、21世紀の不確定な社会に直面している我々が安心で安定した社会を再生産する上で大変重要な試みであったと考える。
参考資料:「経済協力開発機構(OECD)(編著)、2018年『社会情動的スキル―学びにむかう力』明石書店/田中義隆」、「2015年『21世紀型スキルと諸外国の教育実践』明石書店/松尾知明」、「2015年『21世紀型スキルとは何か―コンピテンシーに基づく教育改革の国際比較』明石書店」
(新井 聡)
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