世界の教育全般の現況 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.01

2-1 世界の教育全般の現況

2-1-1 概況

1.現代の教育制度

 現代社会における教育は、近代国家を構成する社会及びその構成員を再生産するシステムであり、近代性に基づく産物である。そのため、諸外国の教育を比較しても就学年齢などの学校教育制度は基本的にどの国・地域でも相似である。就学期間、進学制度等において多少の違いは出てくるが、システムの総体において大きく逸脱した国・地域は存在しない。ただし、過去に教育制度において主流を占めていた国の制度が他の国・地域に定着した形が見られ、植民地経営を行った英国、フランスに影響を受けた国々やソビエト連邦にかつて属していた国などでは、互いに非常によく似た教育制度を使用している。

つまり世界の教育制度は、普遍性を持っており、比較教育はその普遍性の範囲内で諸外国・地域で発生した差異を見い出す行為となる。自国の教育の質を高めるために他国の事例を参考にしようとする行為は世界各国で行われているが、それが可能なのは現代教育の普遍性によるものであり、各国で発生する差異は、主に社会文化的背景に基づくものである。

グローバル化が進展し、OECDによる「生徒の学習到達度調査(PISA)」等の諸外国・地域を横断した調査が行われるようになってからは、それらの結果から各国の参考となる教育制度・政策及び改善すべき点が明らかになり、各国が学力上位国の手法を導入しようとしたため、教育理念、手法などの差異がさらになくなりつつある。OECDが諸外国のカリキュラムを分析して児童生徒の自立性やWell-beingに対応した学習方法の導入状況などを比較検討している点でも、各国の教育は容易に相互に導入可能な状況となっている。

2.21世紀の教育

他方、科学技術や情報通信技術の発達等に基づく21世紀型スキルやキー・コンピテンシーの重要性について1990年代後半から世界各国で議論が始まり、2000年代には21世紀型スキルやキー・コンピテンシーの概念に基づくカリキュラムの作成が開始された。21世紀型スキルやキー・コンピテンシーが求める能力は▽コミュニケーションスキル、▽創造性と批判的思考力、▽ICTリテラシー、▽社会性・市民性、▽問題解決能力・生産性などからなり、それらに伴って教育は、工業化された社会における工場労働者の育成のために大人数に同一の内容を画一的に教え込む暗記型教育から、個々人の自主性や自立性を重視した深い学びに重点を移し、個々人の創造力の開発を求めるようになった。2010年代以降になると第4次産業革命やSociety5.0の進展によるSTEAM教育への需要や人工知能を凌駕するイノベーション能力の獲得などが求められるようになり、世界中で学習内容が急激に増加する事態が発生した。結果としてカリキュラムが肥大化し、教員及び児童生徒があまりに多くの教育課題や実践に直面することとなり、カリキュラムオーバーロードと呼ばれる教員の労働負担及び児童生徒の学習負担による心理的・身体的なストレスが問題となっている。

同時に、PISA等の世界的な学力調査の普及によって、各国の経済レベルと国民の教育レベルの相関が議論されるようになり、「高い学力」を獲得できる教育を提供する国が高い経済力を持つという言説から、教育の評価が活発になるとともに、学校や大学のランキングが公表されるようになった。しかし、それらは教育制度改革に用いられるだけでなく教育行政の説明責任を果たすために用いられており、個々の児童生徒の発達を評価するものとはかけ離れることとなった。結果として評価に基づく改善がさらなる負担を発生させ、教育現場でのストレスを増加させたことから、教員や児童生徒のWell-beingを重視した教育の実施が求められている。

3.教育政策を成功させる3つの要素

21世紀において我々は新たな教育のあり方に直面しているが、これまでのPISA等の結果から、教育政策に成功をもたらす3つの要素がわかり始めている。それらは、▽中央政府からの教育資源の集中的な投入、▽社会経済的な地位の不利な家庭出身の子供への教育支援、▽あらゆる人々を包含して自立的な学習を実施できる生涯学習システム、である。

中央政府からの教育資源の集中的な投入の例として、2018年に実施されたPISAの結果でエストニアの中央集権的な教育システムが他のバルト諸国の地方分権的な教育システムよりも効率的に教育資源を分配してヨーロッパ第1位の成績を獲得したことを挙げることができる。中央政府からの公平で公正な教育資源の分配が教育に参加する者のエンタイトルメントを高め、教育効果を押し上げたことが要因と考えられる。

社会経済的な地位の不利な家庭出身の子供への教育支援については、PISAにおいて上位の成績を取る国・地域はどれだけ分厚い成績中・上位層を持っているかにかかっており、少数の成績上位層にいる子供たちの成績をさらに押し上げるために教育投資を増やすよりも、中位以下に属する子供たちの支援を充実させて分厚い成績中位層を作った方が、投資として効果的であり、多様な人的資源開発を可能にして様々な分野に対応した人材を確保できる。

あらゆる人々を包含して自立的な学習を実施できる生涯学習システムは、急速に変化する現代社会において生涯にわたって学び直し、適時に自身の興味・関心に基づいて普通教育も職業教育も分け隔てなく学習できる環境を提供することができる。これは個々人の人材としての価値だけでなく、Well-beingにとっても重要となる。オーストラリア等の国では普通教育で取得した学位も職業教育で取得した資格も同等の価値を持つと定める資格枠組みを形成し、普通教育と職業教育の垣根を取り払っている。我が国では諸外国が有するような資格枠組みは存在しないが、普通教育及び職業教育のどちらに進んだとしても各教育段階で同等の資格・学位を取得し、どちらの教育も行き来することができる世界的に見ても希有で非常に機能的な教育システムを有しており、社会教育の充実もあって高度な生涯学習体制を形成し、学習者のモチベーションを高めている。

参考:文部科学省『諸外国の教育動向』 各年版、明石書店

(新井 聡)

本稿の内容は文部科学省を代表するものでなく、執筆者が公表資料等を参考に執筆したものである。

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