世界から見た日本の科学技術の現況 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.21

3-1-10  世界から見た日本の科学技術の現況

 日本の研究開発費はアメリカ、中国に続く世界第3位の水準にある。ここで問題と考えられるのは、10年前、5年前と比較してほとんどの国において投資が大きく拡大しているにもかかわらず、日本の研究開発費の伸びがかなり小さいことである。特に最近の5年間においては、投資上位の主要国の中で唯一マイナスになってしまっている。

 セクター別の状況を見ても、大きな比率を占める企業の投資が今世紀の20年間で、日本は1.3倍であり、アメリカとドイツ1.7倍、フランス1.5倍、英国1.7倍、中国14.7倍に比べて低い増加である。更に大学については、日本は1.1倍であり、アメリカ2.2倍、ドイツ1.9倍、フランス1.6倍、英国1.7倍と産業以上に差が拡大している。論文生産の中核の担い手である大学が資金面で海外から大きく差をつけられていることは強く懸念される。

 続いてもう一つのインプットである人材を見る。研究者数についても、日本は中国、アメリカに続く第3位の位置にある。ただ研究開発費の場合と同様に日本の研究者数の伸びは他の主要国に比べて小さい。10年間で日本は5%の増加(1.05倍)にとどまっているが、第1位の中国は1.9倍、2位のアメリカは1.3倍と大きな増加を見せている。その他の国においても、ドイツ1.4倍、韓国1.7倍、イタリア1.5倍、トルコ2.3倍、ポーランド1.9倍等となっている。特にトルコの増加は30国中トップであり、研究者数の変化としては極めて顕著である。

 各国で論文生産の中心となっているのは大学であるが、日本の大学研究者数をヨーロッパ諸国と比較すると、日本14万人、英国17万人、ドイツ12万人、フランス8万人という状況にある。ただ最近20年間の大学研究者数の変化を見ると、英国1.2倍、ドイツ1.8倍、フランス1.3倍とかなり増加しているにもかかわらず、日本は0.95倍と減少している。研究従事率によるFTEカウントなので、単純に人数が減っているわけではないが、研究に投入される人材の量が減少してしまっている。

 詳細にわたる国際比較データの取得が困難なため今回は取り扱っていないが、日本では研究者集団の高齢化と共に若手研究者の比率が諸外国に比べて低下しているとみられることも重視すべき点である。研究者の処遇政策についての再構築が必要である。

 次の時代の若手研究者の母集団となる大学院博士学生数を見ても、第1位は中国41万人、第2位アメリカ35万人に続き、ドイツ、インド、イラン、ブラジル、英国、トルコなどが10万人を超える規模となっており、日本は8万人で第11位である。増加率を見ても日本を上回る国が多い。更に女性研究者数を見ると、女性研究者比率トップのアルゼンチンは50%以上であり、ポルトガル、スペインは40%を超えている。欧州の主要国を見ると英国が38%と高く、フランスとドイツが28%である。これらの国々と比較して日本の女性研究者率は17%にとどまっており、極めて低い水準となっている。このように大学院での人材育成が停滞傾向にある上、ジェンダーギャップが極めて深刻な状況にあることは将来に向けて大変懸念される。

 科学技術活動の成果である論文を見ると、アメリカ及びヨーロッパ諸国、そして日本が世界の上位を占める時代が続いていたが、最近これが大きく変動している。すなわち中国が年間論文数でトップとなり、第2位アメリカ、第3位インド、第4位英国、第5位ドイツ、第6位イタリア、第7位日本となっている。10年前日本は第5位であったが、インドとイタリアに追い抜かれた。

 第12位のブラジルまでが年間論文数約10万の水準に達している。これら上位国の中で、中国、インドの他、ロシアの論文数増加が著しい。

 年間論文数数万件の国々の中で注目されるのは、インドネシアが10年で14.5倍に増加し、サウジアラビアも5.0倍の増加を示していることである。そのほか、マレーシア2.0倍、エジプト3.4倍、パキスタン3.9倍、南アフリカ2.3倍等ヨーロッパ以外の国で急速な増加を示している例が多い。これに対して日本は1.1倍以下である。

 論文の質の指標の一つであるトップ10%論文については、日本の順位は12位と総論文数の7位より更に下がってしまっている。

 このように論文については世界の多くの国々がその量を急速に拡大していると共に質の向上を図っていること、更に地理的にも近年アジアや中近東諸国の比重が急拡大するという変化が進んでいるなかで、日本の論文活動が停滞傾向にあることは将来に向けて大きく懸念される。

 もう一つの成果指標である特許については、パテントファミリーで分析すると日本は依然として世界第1位の位置を保っている。論文の場合主体となるセクターは大学であるが、特許は企業である。第2位はアメリカであり、第3位中国となっている。最近10年間で日本やアメリカの特許数がほぼ横ばいであるのに対して、中国は4倍と急拡大していることが注目される。

 このように、日本の科学技術基盤を研究開発費、人材という主要インプットと論文、特許という主要アウトプットから国際比較すると多くの問題があることがわかる。共通する論点は世界各国がインプット、アウトプット両面で急速な拡大を示しているのに対して日本は横ばい傾向が続いていることである。論文生産における日本の世界的地位の低下をマクロにとらえると、その主力となる大学部門について世界主要国が研究費を大きく増加させて来たのに対し、日本の大学投資は横ばい状態であり、これが主原因となって論文産出量も停滞しているとみることができる。さらに、論文数上位国の変動にみられるように、欧米中心だった時代からアジアが急成長し多極化が進んでいることに注目しなくてはならない。日本のノーベル賞受賞急増の成果を生み出した1980年代、90年代において、大学への投資や人材で欧米に優位に立っていたわけではない。おそらく広い意味での研究の多様性が日本の強さを生み出していたと考えることができよう。その意味で、量的拡大を図りつつも、若手研究者の処遇改善、ジェンダーギャップの解消、国際交流の一層の拡大などを通じて研究活動の多様性を維持・向上させていくことが急務である。特に基礎研究については多様性の確保を最優先すべきである。

(桑原 輝隆)

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