世界の高等教育の現況 【教育・科学技術イノベーションの現況【2023年版】】

2024.05.14

2-2 世界の高等教育の現況 

2-2-1 概況

  1. 高等教育の拡大と歴史的経緯

 1990年頃より、全世界的に高等教育進学者の再拡張が生じた。背景には経済のグローバル化、情報通信技術をはじめとする技術革新の進展等に伴い、より高度な知識・技術を有する人材への需要が高まったことがある。

 「経済成長の源泉としての高等教育」という発想は、この時期に特有のものではない。むしろ高等教育の第1の拡張期ともいえる1960年代に、人的資本論として世界的に隆盛をきわめた。また、当時は戦後の社会の民主化という観点から、高等教育の機会を一部の社会階層出身者から広く国民全般に開放すること(機会均等)が求められたことも、拡大の後押しになった。こうして先進国では経済成長に伴う税収増を財政的な裏付けに、福祉国家的な政策の下、高等教育への公的投資を拡大した。例外的に日本では、国民の進学需要の高まりを私立大学が吸収したことが知られている。高度経済成長による家計所得の増大が、高等教育の量的拡大を可能にしたのである。

 1990年代以降の再拡張期における社会経済的背景は、1960年代のそれと大きく異なる。先進国における経済成長率は低下し、公財政の逼迫により高等教育への大幅な支出増は期待できなくなった。一方、経済のグローバル化や知識基盤社会化に対応する高度な人材を教育するには、相応のコスト増が必要となる。こうした状況の下で高等教育の再拡張が生じたため、この時期以降の高等教育制度や個々の大学等の在り方には、いくつかの特徴が刻印されることになった。以下、①市場化、②評価に基づく資源配分、③標準化と機能分化の3点について概観する。

2. 高等教育の市場化

 高等教育に対する公財政支出の大幅な増加が見込めない状況にあっては、民間からの資源を動員せざるを得ない。こうした傾向を指して高等教育の「市場化」と称している。もともと授業料を通して学生の家計による私的費用負担が行われてきたアメリカ、日本では、教育コストの上昇と財政支出の制約により、授業料の高騰が生じた。イギリス、オーストラリアでは授業料の徴収が再開し、その額も徐々に上昇してきた。経済の低成長下では家計による費用負担に限界があるため、貸与型奨学金(学生ローン)の利用が拡大した。奨学金制度の運営自体は政府・公的機関が行うとしても、その原資は金融市場からの調達であるから、これも市場化の一側面といえる。アメリカでは寄付税制の優遇により大学への寄付金が増加したことが知られているほか、多くの国で委託研究等を通じて民間企業や財団等から研究資金を獲得することも当たり前のように行われている。

  1. 評価に基づく資源配分

 高等教育の市場化は、教育機関間で優秀な学生、研究者の獲得をめぐる競争を促す。こうした競争は、教育・研究の質を向上することに寄与する一方、個々の機関はステークホルダーに対する説明責任を厳しく求められるようになる。伝統的に公財政支出への依存度が大きい国々においても、政府主導で擬似市場的なメカニズムが導入され、競争を通じた質の向上と運営の効率化が企図された。多くの国々で、評価に基づく資源配分の在り方が模索されるともに、大学評価や質保証のための制度が導入された。たとえばフランスでは、政府と大学間の契約により、個々の機関の運営については一定の自律性が認められる一方、契約の達成状況の評価に基づいた資源配分が行われる仕組みが導入された。日本の国立大学の法人化もほぼ同様の仕組みといえる。伝統的に適格認定団体による相互認証(アクレディテーション)による質保証を実施してきたアメリカにおいても、授業料の高騰と学生ローンの拡大に伴い、奨学金の受給資格を兼ねる個別機関の適格認定について、連邦政府がその厳格化を求めるようになっている。教育機関間での競争促進という観点では、市場型の大学評価ともいえる「大学ランキング」が果たす役割も、その是非はともかくとして、きわめて大きくなっている。

  1. 高等教育システムの標準化と機能分化

 大学間での国際的競争の活発化は、学生・教員ともに人材の国境を超えた流動性を高める。そのため、これまで各国の歴史的経緯によってまちまちであった高等教育制度とその修了証明である学位制度は、国際的な通用性を担保するため標準化される傾向にある。EU域内では、1999年に調印されたボローニャ宣言により、高等教育の基本的な卒業資格(第一学位)は「学士」に統一することとされ、それに応じて各国の大学卒業要件が整理されていくようになった。学術指向の強い大学と職業教育を行う非大学型教育機関による複線型の教育制度を採用してきたヨーロッパの各国においても、職業に必要な知識・技術の高度化は大学/非大学の境界を曖昧にし、両者の修了資格についても相互互換性を担保する仕組み(国家資格枠組み)が導入されるようになった。

 このようにシステムの標準化が進行する一方で、大学制度の枠内での機能分化はより一層促されることになった。法曹、医師、聖職者など伝統的な専門職を除き、大学教育の修了資格と特定の職業の結びつきが緩やかなアメリカや日本では、大学進学者の増加や授業料の高額化に伴い、卒業生の就業可能性が厳しく問われるようになった。2017年に導入された日本の専門職大学は、法令上は従来の大学の枠組み内で、より実践的な職業教育の実施を可能にするものであり、上述の傾向に合致するものであるといえる。

  1. 課題

 2010年前後のリーマンショックに伴う全世界的な不況や今般の新型コロナウイルス感染症のパンデミック等、社会経済的背景の不確定要素により、2010年代以降の各国の高等教育在学者の規模は停滞ないし緩やかな増加となっているが、ここまで論じた①高等教育の市場化、②評価に基づく資源配分、③高等教育システムの標準化と機能分化という基本的な構造は、当面、継続するものと考えられる。一方で、こうした傾向に対する課題もこれまで繰り返し指摘されてきた。授業料の高騰と学生ローンへの依存は、学生の出身家庭による教育機会の格差の拡大ならびにローン返還のリスクの増大としてアメリカや日本では社会問題となっている。評価に基づく競争的資源配分は、質の向上や効率化に本当に帰結するのか、短期的な成果の発信が重視されることで、中長期的な視点からの教育・研究活動が蔑ろにされることはないのか。財政面の制約条件は無視しえないにしても、高等教育が本来果たすべき役割とのバランスをどう図るかが問われている。    

(濱中 義隆)

 

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